せんだい探偵小説お茶会

Sendai Reading-Party of Mystery

21st Report

第21回 せんだい探偵小説お茶会主催

エラリー・クイーン『エジプト十字架の秘密』

読書会レポート

執筆者:仙台のクイーンファン

【第一幕】
せんだい探偵小説お茶会が3年目に入り、ホスト制で進められるようになってから、エラリー・クイーン作品の読書会が年1回の恒例行事となるのではないか、とホストが北叟笑みながら企画した『エジプト十字架の秘密』(角川文庫、訳 越前敏弥・佐藤桂)。
クイーンと仙台は相性が良いのか、前回の〈レーン四部作読書会〉に来仙していただいた翻訳者の越前敏弥先生、そして、せんだい探偵小説お茶会を主催し『人間の顔は食べづらい』で作家デビューされた白井智之先生、と豪華なゲストを2人も迎えて開催されました。

越前先生から来仙の際に観光をとのご要望から、白井先生もご一緒されることになり、「るーぷる仙台(仙台市の観光用レトロスタイルバス)で巡る青葉城址」も開催されました。
仙台在住の参加者の多くが「初めて、るーぷる仙台に乗ります」と呟きながらはじまったときには、あいにくの雨でしたが、青葉城址に着くと雨は止み、ミステリアスな曇天の下を和気藹々と巡りました。大広間跡を歩いた際には、「首実検の間」を見つけ、本日の読書会と関連するのではと、参加者からミステリ愛に満ちた言葉が発せられていました(通りがかった方には不謹慎と思われた方もいるかもしれません……。ホストは、作品との巡り合わせに暗号が隠されている錯覚に陥り、1人興奮していました)。
伊達武将隊の方をチラリチラリと見ながら正宗像の前で集合記念写真を撮影。仙台在住の方々は口々に「こんなところあったかしら?」と初めて来たようなことを語り、読書会の企画に観光を取り入れてくださった越前先生に感謝していました。
青葉城址本丸にある宮城縣護國神社に足を踏み入れると多くの絵馬が視界に飛び込んできました。「嵐のコンサートに行けますように」と書かれた絵馬が多くを占めており、嵐人気の高さに驚きました。

また、るーぷる仙台に乗車し、昼食を得るために仙台駅へ。世話人の御用達のお店で、それぞれがランチに舌鼓を打ち談笑。午後三時を回った後、駅前ビル「AER」展望台で仙台を一望。そして、読書会会場へとそれぞれが向かう形となりました。
ホストは読書会下準備のため、食後皆から離れ、読書会開催20分前に会場入ると、参加者の多くが、水を打ったような静けさの中、資料を黙読。その中に空調のためか、人の寝息のような音が。ホストはアンケートの協力を求めて参加者に用紙を配り着席。会の進め方をあれこれと黙考していると、常連会員にして重鎮のT氏が入室。席について目礼を交わし、視線を外すと「びっくりした!」とのT氏の驚愕。なんと越前先生が座卓の脇で眠っていらっしゃるではありませんか。寝息のような音の正体は、越前先生のまさに寝息だったのです。参加者の方々が水を打ったように静かだった理由がここではっきりしました。お疲れのところ、身体に鞭打って参加してくださった越前先生のクイーン愛に、ホストは感動で目頭が熱くなりました(寝息の正体に気付かなかったくせに、とは言わないでください)。

【第二幕】
※『エジプト十字架の秘密』のネタバレあり。未読の方は絶対ここから下、第二幕の終わりまでは読まないでください。後悔します。

『エジプト十字架の秘密』(以後、『エジプト』で表記)読書会は全14名でスタートしました。
『フランス白粉の秘密』〈レーン四部作〉の読書会では作品にちなんだ「菓子」を提供してきたので、今回も『エジプト』にちなんだものをと考えました。そこで参加された方々に「今回、供される食べ物は?」と出題しましたが、惜しくも正解者はなし。今回の供物は(クイーン読書会で出される食べ物のことを今後は「供物」と称させていただきます)、「キャビア」でした。しかし、今の時期、本物のキャビアは高級百貨店で8,640円と高額で、ホストの財布を逆さにしても購入できる代物ではありませんでした。そこで、キャビアの代用物「ランプフィッシュキャビア」(ちなみに1/15の金額です)を提供。「本物と比べてみて、どうですかね?」などとホストが問うと、13名の参加者の口からは「比較できるほど食べて味を覚えているわけではないから、なんとも言えない」とか「偽物と言わずに出せばわからなかったかも」などの回答が返ってきました。その時は、成程と思っていましたが、今この報告書をまとめていると、代用キャビアであることを言わずに、読書会終盤で今回の『エジプト』のトリックに絡めて「本物と偽物を入れ替えた」と語れたらどんなに盛り上がっただろう、と後悔してなりません。そうすれば、また違った印象で読書会を終えることができたように思えます。

閑話休題。
さて、自己紹介を終えて読書会は本書の内容へと。初読の方は5名、その内で犯人がわかった方は0、その中でヨードチンキの瓶の手掛かりの違和感に気づいたが推理に至らずという方が1名(ここで皆のどよめきが……)であることがわかりました。6割の方も初読の際は犯人がわからなかったようです。再読率の高さから『エジプト』が名作との呼び名が高いことを改めて知る思いがしました。

「感心(感想)、疑問、手掛かりについて」をキーワードに参加者の方々からそれぞれお話をうかがうと、「首なしはインパクトあり」「残忍なのに怖さをあまり感じない」「たたんでいくようなプロット」「エラリーが粋がって、タウ十字架といったのに、ぺしゃんこになるのがかわいい」「初読でしたが、さくさく読めて楽しめた。せっかくだから犯人を当てたいと思い、また最初から読んだ」「ヨードチンキからの推理は脳天に雷を受けたような衝撃」「ヨードチンキの瓶の説明を読んだときには、なるほど、これかと思った」などの好印象や感心を得た感想が多く発せられました。
白井先生からは「あかね書房のジュブナイルを小6で読んで、世の中にこんな面白いものがあるのかと思った。大学時代に何度か読んで感銘を受けた。テンポよく途中途中に推理が入っていることも良い。入れ替わりはベタであると思うが、ヨードチンキの瓶に入る前に最初の事件で入れ替わりを明かしている、メイントリックが提示されている潔さに、素晴らしさを感じました。好きな作品です」とクイーンファンを喜ばせる賛辞をいただきました。

読書会の花といってよい「疑問点」については、「『フランス白粉』では調べていた指紋と血液型を調べないのは、どうしてか?」「斧の指紋は調べているのに、指紋について触れられていない部分が多いのは何故か?」「すり替えがよくバレないな」というご意見が多く出されました。ホストである私も、そこには物語を成立させるための作者の恣意を感じずにはいられません。

そして、ここで皆が絶賛していた手掛かり「ヨードチンキの瓶」、そこからはじまる推理に対して疑問を感じると、T氏からお話がありました。
「初読時には大変感心したが、再読してヨードチンキの瓶からなる推理は粗雑に思えた。それは、ラベルがないから使ったのはその家の者だという考えだけで、他の可能性を考えていない」

ここで会場に激震が走り、ホストの脳内にはドーパミンが勢いよく回りはじめました。
「ヨードチンキの瓶がラベルありと無しのものが見つかる。山小屋暮らしなのに、どうしてそんなにヨードチンキばかり集めたのか。仮住まいの山小屋に薬品棚があること。それらの不自然さから、なにかのためにこしらえられた手掛かりじゃないか。例えば、家の他の者が偽の手掛かりを提示して誤った推理をエラリィに導かせる可能性も考えられる(ホスト注:クイーンの偽の手掛かりは他の作品でも見られます)。人1人を殺人罪で起訴する論証としては不十分じゃないか」というものでした。

T氏の意見に「詰め替え用の大瓶と小瓶ではなかったか」と越前先生が答えました。「山小屋の最初の場面では薬品棚のことは書かれているが、そこにヨードチンキの瓶にたいする何らかの説明がうまく入ればよかったのかもしれない」とホストは思いつつも言わず、疑問はそのまま残る形に。
T氏は、アントニイ・バークリーの名著『毒入りチョコレート事件』からチタウィック氏の「その種の本の中では、与えられたある事実からは単一の推論しか許されないらしく、しかも必ずそれが正しい推論であることになっている場合がしばしばです。作者のひいきの探偵以外は、誰も推論を引き出すことができなくて、しかもその探偵の引き出す推論は(それも残念ながら、探偵が推論を引き出せるようになっているごく少数の作品でのことですが)いつも正解に決まっています」(創元推理文庫版p.272)を用いて推理の厳密性を欠くことを話されました。

T氏が「他にもお話ししたいことはありますが、時間もないから」と終えようとすると、越前先生をはじめ他の会員の方から「もう1つだけでも」と要望が入りました。T氏は要望に応えて「パイプが被害者のものではなく、兄のものであることを周りの者が誰も知らないという前提で犯人が利用したことに疑問を感じる。被害者の書いた覚え書きは、兄が航海からもどったら発見してほしいからしたことだが、確実性がない。それだったら兄が帰ってきたら、犯人がその覚え書きを誰かに送りつけた方がよほど確実性がある。つまり何故このような推理が入るかというと、作者がエラリーの推理の見せ場を作るために行ったということではないか」とお話しされました。ホストも、犯人はパイプがケースから兄のものであることを知り、それを利用したが、利用するための前提条件である「周りの者が兄のパイプであることを知らない」ということを、どうやって知ったのかは疑問に思っていました。そして越前先生もパイプについては同じ意見を持っていました。

越前先生からは「鮮やかで、複雑なトリックを作るために多少の強引なことをしている。それはクイーン作品全体に言えることではないか。真相がわかって再読すると作者の立場にたって推理する感じになり、決まって粗が多く見える。それでも初読で騙されれば良いと思う。『エジプト』は派手で物語がダイナミックなので最初に読むクイーン作品としては最適」と話されました。また「ヨードチンキの瓶は初読の時に実は気づいた。どうして気づいたかというと、エジプトを読む前に、ヨードチンキの瓶という言葉があまりに有名で、これはなにかあると思って、ヨードチンキの瓶に注目して読んだからわかった。つまり、手掛かりが有名になることで、その言葉が一人歩きし、ネタバレになってしまうこともあると思われる。今後、そういったことをどう回避することができるかも考えていかなくてはならないと思った」と語り、「1932年の作品群の中でも最後の『エジプト』では苦し紛れの部分が多く見られた。入れ換えを隠すためにペダントリーを交えておどろおどろしさを演出しているが、再読ではミスリードするためであることが、あまりうまく噛み合っていない様子が見られる」とお話を締めくくりました。

ホストは資料に提示した絶賛の意を示していましたが、読書会前日、5回目を読了した際、パイプはもちろんでしたが、「ラベルのない瓶を使用する可能性は、他にもある」「死体の見立てに対する労力と手順、最後の被害者の監禁、もしくは拘束時になにも起こらなかったこと」「指紋や血液の捜査、その他諸々が読者をミスリードさせるために恣意的に隠され、ミスリードさせるためのレッドヘリング情報が全面に出ている」などの疑問が沸々と湧いてきました。読書会前半で「ヤードリー教授が犯人と思った」という意見が何人かから出てきましたが、推理の粗が見えてくると、あながち彼が真犯人ではないと証明することが難しくなってくるようにさえ思われました。

【第三幕】
好きなキャラクターの1位は「ヤードリー教授」、2位が「エラリー」、少数意見で「ルーデン巡査」「アイシャムとヴォーン」となりました。「エラリーは好きになれない」という意見が出ると、越前先生は「今回の新訳では、特に生意気に嫌われるように訳した」とお話しされました。また、好きなキャラクターについては「どの作品でも同じことを言っているが、これだけのことをできる犯人の凄さにいつも感心してしまうので、好きなキャラクターは犯人」と答えられました。
「ヤードリー教授は物語の中で醜男とかバカにされているシーンが多々あることが疑問」と何人かの方からお話がありました。たしかに、読書会では人気が高いのに不思議です。もしかすると物語が作られた時代、流行していた揶揄か冗談だったのかもしれません。

さて、続いて好きな場面については、1位が「追跡シーン」で白井先生からは「今までこのシーンが印象に残っていなかったのが、今回読んでいて、単純に犯人を追いかけるのではなく、ヤードリー、エラリーが連なって、書き置きを手掛かりに追跡して行く様子に面白さを感じた」とお話をいただきました。他には「ヤードリーがエラリーにコートを着せている。イチャイチャしているように見える」「2人のやり取りが好き」などもありました。少数意見では「ルーデンがエラリーからお金をもらって去っていくシーン」「エラリーの最後の台詞」「アイシャムとヴォーン他、釣りにいってしまって警察がいないなど、警察の情けない場面」「ヤードリーとエラリーのディスカッション」「デニムの男が、おいかけっこしているのか、と話す場面」「ヤードリーとエラリーのプールでの会話」等があげられました。

時間の余ったところで、皆の要望から、T氏の話の続きを聞くことができました。
「プロットの甘さから細かい瑕疵がいくつも見られる。例えば、クロサックの居場所を何らかの方法で知るとか。ヤードリー教授が足を引きずる男を見かけた情報をどうやって得たのか。トバル三兄弟は殺人犯なのに、その国の警察から追われていないのは何故か。死体を磔ることは客観的に犯行可能なのか(最初の3つの見立てどの場面でも)。その磔る際に目撃者が現れないのはなぜか。クリングはどうやって生きていたのか。無駄なレッドへリングを削れば、もっと本の厚さを薄くできたのではないか。
こういうミステリの読み方としては邪道な読み方だと思っているけれど……。昔は基本的に騙されたいと思って読んでいたが、年を経てきたら、騙されまいぞ、と思うようになり、小さなことが気になってしまった」
そのお話を聞いて越前先生から「普通できないと思えるようなことをできちゃう超人だから犯人が好きなんだ。『エジプト』はトリックが大きく、死体も多く出るからこそ、粗が多く見られたのだではないか」と締め括りの言葉が述べられました。

最後に、福島読書会のS氏が作った白井先生の新刊告知と『エジプト』読書会のお知らせを併せたリーフレットをもとに、白井先生がお話をされました。
「自作でも傍点はをつけまくりました」と白井先生がおっしゃられると越前先生から「それはクイーンが原体験にあるからですか」と質問があり、白井先生は「そうです」と頷いていらっしゃいました。
2時間に達したところで読書会は終了となりました。ホストとしては大変濃密で充実した時間を過ごすことができました。それは参加された皆さんが単に「名作」と語ってくれたからではなく、今回再読して、自分が薄々感じていた違和感を無意識のうちに認めないようにしていたことがはっきりと浮き彫りにできたからです。おかげで肯定と否定の狭間にフィルターをかけてぼんやりとしてした状況から昇華して抜け出ることができました。そして「こんなにも瑕疵がある作品なのに、私はこの作品を愛して止まない」と、はっきり思うこともできました。また、何故この作品を愛しているのかと問われれば、「語られる論理が、現実で通用しそうだから。(通用しないとわかっても)魅力を感じる」というところのような気がします。
ミステリについては上記の言葉だけでは言い表すことができないと思っています。それを知りたいからこそ、これからも読書会に参加しながらじっくりと考えていきたいと思います。
懇親会には越前敏弥先生と白井智之先生にも参加していただき、美味しくビールを飲むことができました。そして、その場でもミステリの話題ばかりで、とにかく最高でした。

越前敏弥先生と白井智之先生をはじめ、読書会に参加してくださった皆さん。本当にありがとうございました。

【終幕】ボーナストラック
今回、読書会でアンケートにご協力していただき、結果は以下のようになりました。

プロット サスペンス 解決 文章 論理性 感動・余韻
飯城勇三氏 10 10 10
参加者1
参加者2 10 10
参加者3
参加者4
参加者5
参加者6 10
参加者7
参加者8
参加者9 10
参加者10 10 10 10 10
ホスト 10 10 10 10 10 10
平均点 8.5 7.5 8.7 7.7 8.8 7.0

全項目の平均が7点以上を示していること、全項目を合わせた平均は8点を超えていることから、読書会に参加された方々は瑕疵が多く見られても、読み応えありの作品と受け取ってくれたと思われます(ホストの点数が高すぎる、と突っ込みが入りそうですが、そこはご了承ください)。
読書会後の回収でしたが、論理性や解決の点数が辛くならなかったのは、クイーンの底力でしょうか。

今回のアンケートにはエラリー・クイーン・ファンクラブ(EQFC)の飯城勇三氏にもお忙しい中にもかかわらず回答をいただきました。表の上段がその回答です。重複しますが下にメールでいただいた内容を表示します。

01.『エジプト十字架の秘密』を読んだ感想
角川文庫版の解説のために読み直したが、犯人の行動の必然性が、本物と偽物の両方用意してあるのが凄い。
02.『エジプト十字架の秘密』を以下の点から評価してください(各項目10点満点。10点の基準はこれまで読んで来たミステリ作品で、10点と思えるものと比較して点数をつけてください)。
プロット=10、サスペンス=9、解決=10、文章=8、パズル性(論理性)=10、感動・余韻=9
03.あなたがもっとも好きなキャラクターと場面と台詞
キャラ:エラリー
場面:解決篇全部
台詞:解決篇のエラリーのセリフ全部
04.作中に登場する手掛かり(ヨードチンキの瓶・パイプ)についてどう思いますか。
興味あり。
いずれEQFC会誌に評論を書きます。

最後の言葉には、胸が熱くなります。評論を目にするのが楽しみでなりません。
今回の読書会でも、ホスト自身はミステリの深淵を垣間見て、それに触れることができたと思います。
そして、自身がミステリを知っていくためにも、クイーン作品を介した読書会を、まだまだ続けなくてはならないと考えています。そう決心したところで、今回は閉幕(カーテンフォール)とさせていただきます。

 

———————————————————–

さて、月替わりで、国内ミステリーと翻訳ミステリーを交互に課題本に掲げている当読書会。
次回は、伊坂幸太郎『マリアビートル』を11月21日に予定しています。


Comments are closed.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です